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The Glaze
「グレイズ」━━ 輝きは、チャレンジから生まれる

The Glaze : Challenge behind the birth of the shine.

アーティスト・サイエンティスト 中村 元風とクリエイティブ・ディレクター 近衞 忠大がコラボレーション。
新たなアートジャンルの登場を予感させる、中村が長年追い求めてきた究極の輝き「グレイズ」。
そのデビューを総合プロデュースするのは、国際的な視野と感覚を持ち合わせ広く活躍する近衞。アートとサイエンス、自然とテクノロジーの間を自在に往来するふたりの競演が始まる。

「芸術とは輝きの創出である」━━ 中村元風

PROFILE

プロフィール

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中村元風なかむら がんぷう

/ アーティスト・サイエンティスト

1955年生まれ。金沢大学大学院理学研究科生物学専攻修了。30年以上にわたる膨大な研究・実験により、「陶磁は、アートとサイエンスの融合」との信念を体現してきた。不可能に挑み続けるチャレンジこそが創作のモチベーションと語る。2014年、水滴の輝きを永遠化するゆう「グレイズ」を発明。磁器を素材とする現代美術家として国内外で活動している。

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近衞忠大この え ただひろ

/ クリエイティブ・ディレクター (株式会社 Colours International)

1970年生まれ。五摂家筆頭近衞家に生まれる。スイスで少年時代を過ごし、武蔵野美術大学映像学科卒業後は映像・イベントの制作に従事。語学を活かし多くの国際的なプロジェクトに携わる。一方で宮中歌会始をはじめ、各地で和歌を読み上げる講師こうじを務める。ライフワークとして日本の伝統文化をクリエイティブに海外発信することを目指し、様々な試みを続けている。

Work Overview

作品概要

生命力とみずみずしさにあふれるゆう、そして、実用性を一切廃したシンプルかつソリッドな造形を組み合わせ生み出される中村元風作品。作品から無尽蔵に放たれるエネルギー、そして対峙した者を奮い立たせる存在感は、鑑賞者の期待を決して裏切らない。

「作品を観た人がより元気に、より前向きになってほしい」

そう語る彼の作品は、Globe、 Pyramid、 Prism、 Torusの4種類からなる。これらは人や組織の一生を4つのステージに分け、それぞれをかたちにしたものだ。

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第1段階《Globe》


生まれたての生命力を表現。宇宙に浮かぶ星のような浮遊感が特徴的。

第2段階《Pyramid》


目標に向かい成長する強い意志を表現。上(頂点)をめざし駆け上がる躍動感がある。

第3段階《 Prism 》


成熟や調和を表現。明るく平和な雰囲気が漂う。

第4段階《 Torus 》


永続、不朽を表現。理想的な世界が永久に続くことを願うもの。

Story

ストーリー

生命力とみずみずしさにあふれる釉、実用性を一切廃したシンプルかつソリッドな造形、中村元風が生み出す作品は、新たな芸術ジャンルの誕生を実感させる。作品から無尽蔵に放たれるエネルギー、そして対峙した者を奮い立たせる存在感は、鑑賞者の期待を決して裏切らない。

中村は1955年(昭和30)、石川・能登の漁師町に生を受けた。国際航路の船員である父と、小学校教諭の母との間に長男として生まれた彼は、大自然の魅力を肌で感じながら、幼少期を過ごした。活発で、生き物が大好きな少年だったという。その後、一家で金沢に引っ越した中村は、中学、高校を経て、1975年(昭和50)、生物学を学ぶため金沢大学理学部へと入学する。大学卒業後、同大学院に進んだ彼は、哺乳類や鳥類の個体数を数学的に解析する個体群生態学の研究に従事した。自らの希望による進学ではあったが、しかし研究を進めるにつれ、単純作業の繰り返しである研究実務と自身が思い描いた理想の間に乖離があることに気づき、将来を思い悩んだ。そんな折、陶芸家である義祖父が生き生きとした動物を壺や皿に描く姿を目にした中村は、自分の進むべき道はこれだと確信したという。大学院在学中の1980年(昭和55)、ろくろの修行を開始し、陶芸作家としてのキャリアをスタートさせた。中卒や高卒で陶芸の道に入る人間が多い当時にあって、24歳という遅い入門であった。この事実を認識していた中村は、通常の方法では彼らに追いつけないと危機感を募らせたという。そこで熟慮のうえ考えいたったのは、大学院時代に培った科学的なアプローチによって陶磁という素材を追求する方法論であった。陶磁を神秘の世界から、科学の世界へと引き戻す——現在につながるアーティスト・サイエンティストというスタンスは、この時期に醸成された。

中村が師事した義祖父は、日展参与、石川県無形文化財保持者を務めた中村翠恒(1903-1985)である。1870年(明治3)開窯という九谷焼の名門にあって、跡継ぎがいないとあきらめていた義祖父のもとに入門した中村は、我が子のようにかわいがられたという。しかし、この状況は長く続かなかった。1985年(昭和60)、以前より病気を患っていた義祖父が死去してしまうのである。当時、まだろくろの修行中の身にあった中村は、作品を完成させる技術を持たぬまま家業を引き継ぐことになった。頼りにしていた先代の死後、手もとに残ったのは自身の未熟な技術と維持費がかさむ大きな工房であった。彼は、この頃のことを「暗黒の時代だった」と回想している。生活を成り立たせるために、塾講師や家庭教師などのアルバイトもこなしながら、必死に技術を磨く日々が続いた。

暗中模索を続ける中村を救ったのは、身近にあった自然である。工房の裏庭に広がる竹林で、懸命に動き回る小動物や、毎年花を咲かせる植物などを目にし、随分励まされたという。なかでも、雨上がりに日光を受けて輝く水滴のみずみずしい様に強く心を惹かれた。彼にとって、この世で最高の輝きに映ったのだ。この水滴の輝きとの出会いが、それ以後の彼の行く末を決定づけることになる。生物の源でありそれゆえ生命の輝きに充ちた水滴の輝きを永遠化したいと切望した中村は、途方もない釉の研究・実験に突き進むことになる。1986年(昭和61)のことであった。一般に、技術の習得に多大な時間を要する分野においては、蓄積された知見に倣いその範囲内で考えを及ぼすものだ。長い歴史をもつ伝統工芸においてはなおさらのことである。しかし、中村は既存の技術や技法をアレンジするのではなく、創作にとって理想的な手段、つまり釉を一から創り出すという厳しい条件を自らに課したのである。

釉の研究を開始して数年が経った頃、中村の前にまたも大きな課題が降りかかった。1993年(平成5)、米国において釉に含まれる鉛害が大きな問題として表面化したのだ。クリスタルガラスの例を持ち出すまでもなく、釉の輝きにとって鉛はなくてはならないものである。鉛はガラスの融剤として機能し、同時に多種類の元素をガラスに溶かし込むことを可能にする。米国に端を発する無鉛化への流れは、2000年以上にわたり世界各地で重宝されてきた鉛との決別を意味していた。その頃、器を主に手がけていた中村は、釉の無鉛化を避けられない課題だと痛感したという。とはいえ、鉛を使った釉を以てしても成し遂げられない自身が理想とする輝きを、鉛を用いずに実現することなど到底想像できるわけがなかった。それどころか、国内外の専門機関を中心に当時盛んに行われた無鉛釉の研究結果は、有鉛釉と同様のテイストを出すことすら不可能であることを示していた。しかし、それでもあきらめきれなかった中村は、独自に無鉛釉の研究を継続する。世界中の先行研究の成果を採り入れながら、厖大な数のテストをこなし続けた。この時期、作品創作よりも釉の研究・実験に多くの時間を割いていたという。そして、2006年(平成18)、有鉛釉と遜色ない無鉛釉を創り出すことに成功するのである。他に先んずる快挙であった。

中村はこれを機に、研究にひと区切りつけることにしたという。当時、国内において鉛害はそれほど差し迫った問題とはなっておらず、一方で無鉛釉は、製造コストの高さや安定性といった点で課題を残していたからだ。中断後は創作に意欲的に取り組み、この時期多くの優品を残している。また新技法の開発にも力を入れ、磁器と陶器を融合する独自技法「禅九谷」などもこの時期に生まれた。

無鉛釉の研究を再開したのは、2012年(平成24)になってからである。前年、ガラス質の有鉛深紅釉「希赤」を生み出した中村は、満を持して理想とする輝きの開発に没頭した。再開にあたり彼は、まず研究・実験環境の刷新に着手する。工房をリモデルし、設備の抜本的な見直しを図った。たとえば、緻密に原材料を管理するため、0.0001g単位の計測に対応した風防付きスケールを導入した。また、用いる水をそれまでの水道水から蒸留水へと切り替えた。調合専任のスタッフを配置したのもこの頃である。以前は、構想はもちろん実際の調合作業もすべて本人の手で行っていたが、しかし中村が構想に特化する体制を整えることにより、格段に多くのテストを実施することが可能となった。彼が推し進めた工房のラボ化ともいえるこの大改革は、2年後大きな成果を挙げることになる。

2014年(平成26)、中村は釉の基本原理についてある重要な発見をする。透明感や光沢を出すために不可欠な要素だと信じられていた鉛が、実はより輝きを増すためのボトルネックとして機能していることを突き止めたのだ。自身が長年追い求めてきた輝きは、鉛依存からの脱却こそが鍵だったのである。この新発見はいくつもの条件が折り重なりもたらされたが、なかでも中村の独創的な研究姿勢に負うところが大きいだろう。通常、実験においては関連する諸条件をいかに支配するかが重要とされる。求められるのは夾雑物を排除し純粋な状況を作り出すことである。しかし彼のスタンスは、支配するというよりもむしろ実験結果に寄り添うのだ。「子育てに近い」と彼はいうが、子どもの個性や特徴を尊重し伸ばすのと同様に、いわば対象が発する声に真摯に耳を傾け、徹底した観察からその潜在可能性を見出すのである。実際のところ、トライアルのほとんどは失敗に終わる。だが、その結果を単なる失敗と切り捨てるのではなく、微妙な表情に注視することによって奥にある機微を感じ取り「育てる」のだ。

一連の研究・実験は、常に先入観や思い込みとの格闘だったと中村は振り返る。常識として定着しているいわば伝統的方法の対極に正解が存することも多く、その法則を把握するまでにかなりの時間を要したそうだ。いまだかつて存在しない釉を創造することは、歴史上存在した釉を再現するのとは本質的に次元が異なる。加えてパラメーターは原材料の調合割合にとどまらない。磁土や釉のもつ特性の把握はもちろんのこと、焼成温度や時間、塗布や乾燥の方法、果ては前述したように用いる水の種類にいたるまで、関連するあらゆる要素の完全なる理解が要求される。これらを経て、2014年(平成26)師走、ついに彼は追い求めてきた透徹の輝きを手に入れた。20代から憧れてきた水滴の輝きを永遠化できる釉を生み出すことに成功したのだ。研究を開始してからすでに28年の歳月が流れていた。

まだ人類が経験したことのない新たに生み出されたこの輝きには、新たな言葉を与えるのがふさわしい。彼は「グレイズ」と命名した。釉を指す英単語「Glaze」からきており直球のネーミングともいえるが、本道を創り出したという彼の自負が込められているのだろう。たとえば油絵の分野では、グレーズ技法と呼ばれるものがある。これは釉のもつ透明感や光沢を絵画の世界で再現しようと中世ヨーロッパで生まれたものである。また菓子やファッションなどの分野においてグレージングという言葉を聞いたことがある人もいるはずだ。これらの源流をなす陶磁器釉——その究極こそ「グレイズ」なのである。

本稿ではここまで中村の足跡をたどりながら、主にサイエンスやテクノロジーの観点からいかにして「グレイズ」にたどり着いたかを明らかにしてきた。以降では、彼の作品の芸術性に主軸を置いて見ていくことにしよう。

数年前より中村にはある問題意識が芽生えていた。それは自身の目指すべきあるいは目指そうとする方向性が、陶芸や工芸といった芸術ジャンルの先に存在するのではないかということである。食器や花器などの実用品のなかで表現を行う場合、その用途やかたちに注目して評価がなされることが多い。それゆえ釉や絵具はあくまで表面装飾のための道具であり、絵や模様を描くための手段だととらえられがちだ。実用性と装飾性を兼備することが求められる工芸の世界では、これはやむを得ないことかもしれない。しかし彼の頭にあったのは、こういった秩序が釉のもつ魅力や可能性を阻害してはいないだろうかということだ。むしろ実用性や有用性といった要請から釉を解放させること、すなわち釉を自律させ、釉が紡ぎ出す景色そのものを純粋に感じ取れるようにすることが、陶磁という素材をより普遍的な芸術の文脈に位置づけることにつながると考えたのだ。工芸は東アジアを中心に発達した芸術ジャンルである。前述したように実用性と装飾性を兼ね備えた存在として地域の人々の心を惹きつけてきた。一方、西洋における美術のヒエラルキーのもとでは、絵画や彫刻、現代美術などの鑑賞に特化したジャンルがその頂点をなし、工芸はいわゆる応用美術として下位に甘んじてきた歴史がある。20世紀後半以降、これらの区分は曖昧になりつつあるという状況はあるものの、しかし依然として芸術の文脈で第一線の評価を得ようとするならば、実用性を堅持する方針はそれを困難にする。そうした状況を踏まえ、中村は現代美術の世界に足を踏み入れることを決意した。

現代美術の分野で活動を行うにあたり、陶芸や工芸の分野ではなかば自明視される命題を問い返す必要性が生じる。まず陶磁という素材の特質はなにかを明らかにしなければならない。あまたある素材の中からなぜ陶磁を選択するのか。他の素材では表現できないことは何なのか。これらの問いに対する中村の答えはこうだ。第1に、陶磁は化学変化を扱う数少ない素材であることである。絵画や彫刻など芸術に用いる素材のほとんどは、形態が変わる物理変化を起こすのみだ。一方陶磁は、焼成という過程を通じて、複数の物質が化学的に結びつき化合物へと変化を遂げる。それゆえ一度完成したものは、数万年単位で形を保つことができる。すなわち存在を永遠化させられる素材であるということだ。第2に、自然現象や大気の影響を大きく受ける点である。他素材と比べ、重力や空気、水といった諸要素が制作を大いに制限する。このことは普段無意識に受け入れている身近な存在に改めて目を向ける契機につながる。第3に、異素材の融合を挙げている。陶土や磁土は土の成分を含むのに対し、釉は主にガラス成分であり、互いの親和性が低いため原則接合は難しい。このいわば矛盾を技術的に解決することによってはじめて陶磁として成立する。すなわち異質のもの同士が融け合い、共存した成果が陶磁だということであり、人種差別や宗教問題を課題として抱える人類に、融和の尊さを教えてくれる。第4に、普遍性を有する点だ。陶磁は世界中のあらゆる場所で制作が行われており、誰にとってもなじみ深い存在といえるだろう。加えて、最も原始的な素材のひとつであり、約2万年にわたり人類の生活と密接な関係を築いてきた。だからこそ人は陶磁に特別な思いを寄せ、人種や信条を超えてその美しさを共感することができる。一方で、あまりにも身近な素材であるために固定観念を持って接してしまうことも多い。この事実を逆手にとるならば、陶磁は誰も信じて疑わないような根本的な問題をとらえ返すのに最適な素材となる。第5に、触れることができる点だ。これは陶磁にとっては当然とも感じられるが、絵画などとの比較においては大きなアドバンテージとなる。視覚とともに触覚をも刺激することで、鑑賞者はより深く悦に入ることができる。第6は、破損の危険性がある点である。これは短所ととらえられることも多いが、中村は陶磁はむしろ割れるからよいと語る。丁重な取扱いを怠ると壊れてしまうはかない存在だからこそ、人はそれに生命を感じることができるというのだ。以上のような素材の特質をもとに、彼は自身の創作を組み立てていった。

ここで改めて理解すべきは、中村が陶磁という素材にこだわるのは、陶芸作家という出自からきているのではないということだ。彼が表現を行う上でこの素材が不可欠なのであり、同時に最適なものであることを示している。またこのこだわりは、物質性を重視する点で今日の芸術の動向と立場を異にしている。陶磁という確固たる物質をもとに創作を構成する姿勢は工芸にも通ずるといえ、なにより新たな芸術のあり方を我々に気づかせてくれる。

 では、具体的な作品を見ていこう。今回の展覧会にあたって、中村はGlobe、Pyramid、Prism、Torusの4種類の造形を設定した。これらは人生や組織の一生を4つのステージに分類し、それぞれを作品としてかたちにしたものである。まず《Globe》(Fig. 1)を見てほしい。宇宙に浮かぶ天体を想起する球体であるGlobeは、生まれたての生命力を表現したものだ。原初にある力強く根源的なエネルギーが充満し、発散する姿を描いている。上下や左右といった極をもたない浮遊感があり、どの方向から眺めても正面となっている点が特徴的である。φ6.5 cmと手のひらにちょうど収まるサイズも手伝って、自分だけの星に出会い、手に入れたような満足感を得られるだろう。《Pyramid》(Fig. 2)は、成長や発展の過程において上(頂点)を目指そうとする強い意志を表したものである。人や組織が夢をもちそれに向かい挑戦をする姿、様々な試練を乗り越え、輝き、成功していく様を「グレイズ」で見事に表現している。頂点に向かって駆け上がるような力強さがほとばしる作品である。今まさに何かをかなえようと努力している人を奮い立たせることだろう。《Prism》(Fig. 3)は、安定をかたちにしたものだ。夢や目標をかなえたあとに訪れる成熟や調和、盤石な基盤を表現しており、明るく平和な雰囲気が漂っている。腰を据えて人生を送る人に向けたものといえよう。《Torus》(Fig. 4)は、永続、不朽を体現した作品である。穴のあいた内から外へ、そして外から内へと循環を繰り返すことによって、社会や組織が永久に続く理想の姿を表したものだ。最終到達目標である永続を願う人には特にふさわしいだろう。
以上、4つの作品をそれぞれ見てきたが、どの中村作品にも共通する特徴といえるものがいくつかある。まず、釉と白磁の主従関係を逆転させた点である。一般的には、ボディを構成する白磁が主であり、釉は脇役ととらえれることが多い。しかし、彼の作品ではこの関係が逆転し、「グレイズ」つまり釉が主であり、白磁はその魅力を際立たせ、強調するために用いられている。この新たな関係性の確立が他のアーティストと一線を画する理由ともなっているのだ。次に、鑑賞者が作品と対峙したとき、両者の間で化学反応ともいうべき現象が発生する点が挙げられる。ある人は、作品に吸い込まれるような感覚を覚えるだろう。またある人は、未知との遭遇に似た感情が芽生え一瞬とまどうかもしれない。しかし、ここで評価を即決してはいけない。今しばらく作品との対話を試みてほしい。しばらくすると、えもいわれぬ快感が湧いてくるはずだ。また、彼の作品に触れてみたいと感じる向きも多いにちがいない。破損の危険を冒してでも、本能的に手を伸ばしたくなる。これは中村の作品が鑑賞者に生命を感じさせることに起因するかもしれない。重力に逆らう「グレイズ」の表情が作品に意志をもたせるのだ。そして、もっとも重要な点は、中村作品には、一旦出会うともう後戻りできないと思わせる何かがあるということである。まだ誰も見たことのない美しさや新しさを内包する作品。それが人々の心に何かを与えるのだ。

何のために作品を創るか。この問いに対する中村の答えは明快だ。観た人がより元気に、より前向きになってほしいと彼はいう。彼自身のキャリアがまさにそうであるように、いかなる困難があっても決してあきらめず、常に前向きに挑戦し続けることの重要性を作品は雄弁に物語る。「芸術とは輝きの創出である」と中村は断言する。これは彼自身の芸術観を端的に言い表しているだろう。彼の作品に我々が感動を覚えるのは、輝きそのものの存在を観る者に体感させようという愚直なまでの意志の集積がそこに見てとれるからではないか。その意味では、「グレイズ」の圧倒的な素材感が光る彼の作品は、釉によってこれまでにない輝きを創り出したというよりも、むしろ輝きそのものを素材として作品を構成したといった方が正しいかもしれない。生命の輝きにいわば現前性を与えたもの——それこそが中村元風の作品なのである。

中村太一(東京大学大学院)

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